象の耳 歩み

第1章~1話:運命の出会い

いきなり話は過去にさかのぼる事、随分前の2002年3月~
(注:この1話だけちょっと長いですが最後までお付き合い頂けると幸いです)

私は当時、バンド活動が本業でした。

ジャンルはミクスチャーロックって言うんですかね、ツインボーカル<下の動画の右が当時の自分です>、7弦ギター、アップライトベース、ドラム、DJという6人編成の叫んだり歌ったりラップしたり・・・なんでもありの重くてうるさい音楽を本気でやってました。

当時のライブ動画です。最初の2分はDJソロです。ラスト5分(29分50秒あたりから)、やりたい放題やって会場内が凄い事になってしまい「こりゃ出禁になるかも」って思いながら歌ってました(笑)これぞロックだ、よくやったと逆に褒めて下さった寛大なライブハウス店長に感謝です。
https://www.youtube.com/watch?v=lukotg7jVBQ

しかし音楽だけでは生活が出来なかった為、昼間(9時~17時)と夜(18時~2時)、日に2つのアルバイトをしていました。

当時、私は29歳。30歳を目前に人生について少し悩んでいました。
バンドを続けるか、辞めてまっとうに働くべきか。
でもCDを自主制作したりライブのお客さんもどんどん増えていたので活動が軌道に乗っていない訳でもなく・・・

そんな微妙な時期に不景気のあおりを受け、ほぼ同時に2つのアルバイトを辞めなければならなくなってしまいました。

晴れて無職。退職金も失業保険も出ない無職です。
人生の中で無職になる機会なんて、そうそうあるものではありません。

30歳目前という微妙な時期に「無職」という境遇に暗くなるのは簡単ですが、いや、それじゃあダメだ!せっかく無職になったのだから。と前向きに考えるようにしました。

昔からアメリカに一人旅をするのが夢の中の一つであった為、こんなチャンス滅多にないかも!と無職をいい事にバンドを休んでアメリカへ一人で旅をする事に。

貯金など無い為、わずかなお金を握りしめ私は、成田→ロス→ポートランド→NY→成田 のチケットを試行錯誤の上、6万9千円で入手。
これらを一ヶ月で回るスケジュールを立て単身渡米。
ちなみに英語はかたことですが、なんとかなるだろうという根拠の無い自信だけはなぜかありました。

LAでは友人宅とサンタモニカのユースホステル(1泊約2500円)無国籍6人部屋に宿泊。レンタカーを借り一人で観光へ出発しようと車を借りたのですが、初めての左ハンドルと右側通行、まったく慣れてません。

なんとかなるだろうと思いながら運転していたのですが、気づいたら日本のように左側の車線を走ってしまい(つまり逆走)、真っ黒に日焼けした巨人が乗るどデカイ低音でHIPHOPを鳴らしている対向車に正面衝突しそうになってしまいまして。

なんとか抜群の反射神経(!?)で避け切ったものの・・・

あっちはすんごい大声で、マシンガンの用な勢いで怒鳴っている上にりんごまで投げてきまして!!

ひえ~
おまけに中指まで突き立てながら「FUCK!YOU!!!!、、#$%‘@*%#~|*ー~~!!」ってはるか彼方へと自分が見えなくなるまで、その黒い巨人は怒鳴っていました。
映画みたいなワンシーンでしたね。 

そのまま本場のアウトレットモールへ行こうと思いフリーウェイ(無料高速道路)に乗ったのですが。間違った方向に全力で進んでいた事に気付かず直進し続け、アウトレットモールには着けず・・・着いた所は果てしなき荒野。そこで小用をたそうとした私の目に飛びこんで来たのは・・・
「注意!ガラガラ蛇&毒蜘蛛!!」の看板が。。

見渡す限り荒野で何もありません。今、突然何かにここで襲われて殺されても永遠に誰にも気づいてもらえなさそうな場所です。

それ位に周りには何もなく誰もいませんでした。急にとてつもなく恐ろしくなりダッシュで逃走。(後で調べたらロスパドレス近辺でサンタモニカから150キロ程の場所まで行ってました)

なんとか道を間違えながらもサンタモニカのユースホステルに戻ったその夜、再び車で友人の手書きの地図のみを頼りに現地で知り合った友人宅を目指しドライブ・・・しかし・・・フリーウェイが7車線で曲がりたくても車線変更が間に合わず、とんでもない方向へ問答無用で進まざるを得なくなり・・・

遠くに見えていた時は物凄くでかいオブジェだと思っていた虹のような形をしていた物体がどんどん近づいてきて、それはいずれ自分が進まなければならない物凄い勾配のきつい橋であると気づいた頃には橋は始まっており「まじか、、、これ橋なの!?」とビビリながらもなんとか越え(ほぼジェットコースター)結果辿り着いた終点は・・・真っ暗な埠頭でした。

真っ暗な埠頭なんて映画でしか観た事がないですし、犯罪者が好きそうなシュチュエーションですよね・・・公衆電話が10台位並んでいたのですが、なぜか全部壊れていて・・・
なんか怖いから帰ろうとしたら遠くで

ぱぁん!

なんていう銃声を聞いてしまい、再び真っ青&脇汗びっしょりでダッシュで逃走。(後で調べたら60セカンズという映画のクライマックスで使われたロングビーチのでっかくて有名な橋でした。この時点でサンタモニカから約40キロ)

しかし、戻る方向を大きく間違えた事に気づかずフリーウェイを全力で進んでいると・・・気づいた時には空気が明らかに暖かくなり地名がテキーラの名前みたいな感じになってきたあたりで南に進んでいた事に気づき、やっちまった~とフリーウェイを降りUターンしてガソリンを入れようと立ち寄ったガソリンスタンドの売店でコーラを買おうとしたのですが・・・・

売店を一周回っても入り口がなく!パチンコの景品交換所のようになっている始末。
(つまり治安が悪い為に店員とは外からマイクでガラス越しに会話。引き出しからお金を入れ、品物と交換するシステム)

とんでもない所に来てしまったのでは・・・と思った瞬間に目の前で肌が黒めの2人対メキシコ系の方々5人の喧嘩が始まり、包丁のような大きさのナイフを突き出しているのを見て、ガソリンを入れられずに再び真っ青になり逃走。(サンクレメンテ周辺かと。サンタモニカから約70キロ)

今度こそサンタモニカへ帰るつもりが微妙に方向を間違えたようで・・・本来ならサンタモニカから遥か東にあるはずのディズニーランドが自分の走ってる道のすぐ左側に見えた時には我ながら頭を抱えました。(地図が無かったので直進したらアナハイム、左がアーバインとか看板に書かれても何がなんだかわかりません)ガソリンが本当に無くなりそうになり、仕方なくフリーウェイを降りて再び近くにあったガソリンスタンドへ。

アナハイムってガンダムが好きな人だったら必ずときめく地名なんですけどね。

フリーウェイを降りるとでっかいカジノがあったのですが、そこの茂み一体にバイオハザードのゾンビのようなホームレスの集団がうわ~っといたので、まずい!ここは速攻で脱出しなくては!とガソリンスタンドへ。

そこで、2メートル近くある刺青ぎっしりの酔っ払い3人組にいきなりからまれまして。(逃げても周りはゾンビだらけですから何処にも逃げられなかったんですよ。ボブサップの悪人バージョン3人 or ゾンビ100人ですからね。もう世も末ですよ。)

命の危険を本当に感じるも(一応、自分は空手暦10年で二段所持、全国大会ベスト8なんですがまったく勝てる気がしませんでした)、よく話してみると道を迷った風な自分を案じて心配して話しかけてきたくれた ・・・というような経験をして(帰り道に、人はみかけで判断しちゃ駄目だ!と感動して、鼻水ダラダラたらし泣きながら運転してました。)

・・・ LAを発ちオレゴン州はポートランドへ。

ちなみにこの当時、起業なんてまったく考えていませんでした。

ただの観光&数年ぶりに語学留学で渡米した高校時代の友人に会うついでに、ポートランドへ行きました。
しかしこのポートランドってとこは住むにはとても治安も良くすばらしい所なのかもしれないのですが、観光で行くには・・・(なんにもないんです)

で、めぼしい観光地もないのか、友人が苦し紛れに連れて行ってくれたのが
「サタデーマーケット」
という週末にだけ行われるフリーマーケットのようなイベントでした。
ここで!このまったく何の期待もしてないこの地のお祭りで!

私は運命の出会いをしたのでした。

つづく